大判例

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東京地方裁判所 昭和42年(ヨ)2291号 判決

申請人 村川太郎

右訴訟代理人弁護士 橋本紀徳

同 宇津泰親

同 田代博之

被申請人 大正製薬株式会社

右代表者代表取締役 上原昭二

右訴訟代理人弁護士 芦苅直巳

同 久保恭孝

同 山口鉄四郎

同 水上益雄

同 平井二郎

主文

1、申請人の本件申請を棄却する。

2、訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、当事者及び解雇

被申請人が、医薬品の製造、販売等を目的とする株式会社であり、申請人が、昭和四一年一月一七日外商員として会社に入社し、同年三月下旬以降東京都足立区北部を担当してその業務に従事していたものであるところ、昭和四二年六月一五日会社によって懲戒解雇されたことは、当事者間に争いがない。

二、解雇の効力

申請人は、右解雇は不当労働行為ないし解雇権濫用として無効であると主張するので判断する。

(一)  解雇権濫用の成否

使用者がその従業員を解雇することは一応自由であるが、何ら正当な理由もなしに、使用者の恣意に基いて従業員を解雇することは、解雇権の濫用として許されないものと解すべきところ、本件において申請人は、本件解雇は何ら正当な理由もなしになされたものであると主張し、これに対して被申請人は、解雇を正当づける事由として、申請人には勤務放棄ないし怠慢があり、その販売営業成績は会社の外商員中最低の部類に属し、誠実に職務を遂行していなかった旨主張するので、まずこの点について判断する。

1  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(1) 会社においては、外商員を通じてその製品を全国各地の薬局、薬店、雑貨店等と直接取引する販売方式を採用しており、各外商員の担当区域内の得意先を、班長が担当外商員の意見をも参考にして、訪問する際の時間的経済性をも考慮のうえ、月曜日から土曜日までの六日間に割りふり、各曜日に訪問する予定の得意先の口座番号、商号、氏名をカードに記入し、販売部長の承認を得て予めルート票を作成し、外商員がこれに従って各得意先を歴訪して注文をきき、商品を届け、代金を受領し、さらに各種の情報、希望、苦情等を蒐集し、且つ、製品販売についての指導をするのを建前とし、得意先が臨時休業したり、大雪などのために交通が途絶したり、あるいは得意先が倒産したりしたため、外商員がルート票どおりに得意先を訪問することができない事態が発生し、ルート票を一時的あるいは恒久的に変更する必要が生じた場合には、事前に上司に文書ないし口頭で届出て、その指示に従うことを要し、一時的にもせよ外商員が勝手にルート票を変更してはならないものとし、外商員は、毎朝出社時に会社から訪問票の交付を受け、当日訪問した得意先から訪問印を押してもらうなどして、当日訪問した得意先を明らかにし、翌朝出社時にこれを会社に提出し、会社は、右訪問票とルート票とを照合して、未訪問店がないかどうかをチェックするという独特の方法をとっていた(以上の事実は、ルート票の作成、変更手続の点を除き、当事者間に争いがない。)。そして、会社は、外商員を通じて訪問予定日を各得意先に通知しており、各得意先もその日に外商員が訪問することを予定しているので、常日頃外商員に対して担当店舗を定められた日に漏れなく訪問することが必要であることを強調すると共に、スーパーマーケットや雑貨店等は販路拡張のための第一段階が終ったばかりであるので、売上高が少いからといってこれを訪問しないことは許されず、むしろこのような店にこそ頻繁に訪問して、販路を拡張するように努めるべきであると指導し、取引高の大小に拘らず未訪問店が多い外商員に対しては、班長が個別的に、あるいは外商員達の面前で名前を呼びあげるなどして注意を与えていた。

尤も外商員に対する会社の監督が厳格になり、殊に会社が右ルート・セールス制度の励行を外商員に強制し始めたのは昭和四一年秋頃からで、同年一二月頃には右制度は確立されるに至っていたものである。そして会社が右制度を確立させるに至ったのは、企業維持の必要性に基くものであった。即ち、会社は、主として一般大衆向けの医薬品を製造し、これを直接小売店に販売する方法で業績を挙げていたが、昭和四〇年度において創業以来の欠損となり、その原因の一つが営業部外商員の勤務意欲の低下、その職場の秩序の弛緩にあったので、右原因を除去するため、従来の不徹底なルート・セールス制度を改善し、これを外商員に強制することによって監督を強化し、職場秩序を正し、一方褒賞制度を改善して外商員の勤務意欲を向上させる必要性があったのである。

ところで、申請人は、約六〇店舗を担当し、これを六日間に分けて訪問していたものであるが、昭和四二年三月頃から定められたルート票どおりに得意先を訪問せず、殆んど連日に亘って、所定の変更手続をせずに、薬局等売上の多い店に力を入れて訪問し、雑貨店等売上の少い店をとばして訪問するというルート違反をした(申請人がルート違反をしたことは当事者間に争がない。)。申請人が訪問しなかった一ヶ月間の延店舗数は、明確なものだけでも、同年三月中に二九店、四月中に二六店、五月中に三一店、六月一日から本件解雇までの間に三〇店にも及んでいる。他の外商員の中にこれ程未訪問店数の多い者はなく、また、ルート票を実施した当初は未訪問店がある者もかなりあったが、時が経ってルート・セールスの趣旨が徹底するに従い、その数は非常に減少して来ており、その中にあって申請人のルート違反は特に目立ったもので、申請人は、再三にわたり上司である後藤健吾班長から叱責、説諭を受けていた。

(2) 申請人は、従前からしばしば、朝会社を出ると、その足で北千住駅前通りにある喫茶店「赤い鳥」などに行き、そこで同僚外商員らと一時間ないし一時半位互に仕事のこと、賃金の低いことその他雑談をして時を過し、その間勤務を放棄していたものであるが、昭和四二年三月二三日朝会社で所定の手続を済ませて会社を出ると、直ちに当日予定された店舗を訪問すべきであるのにこれを怠り、午前一〇時二〇分頃担当区域外の北千住駅前通りにある喫茶店「ニューブリッヂ」に入り、同僚外商員である内藤清ら三名と共に午後零時二〇分頃まで会社の労働条件の悪さなどについて話合い、その間勤務を放棄した(申請人が「ニューブリッヂ」に入ったことは当事者間に争いがない。)。

会社では、北千住駅前周辺で外商員達がたむろしているとの噂を聞き、人事部指導課員を派遣して同駅周辺を調査させたところ、たまたま右事実が判明したので、上司から申請人に対し厳重に注意した。申請人は、同月二五日右事実を認めると共に、「今般勤務時間中仲間と一緒に喫茶店に入ったことは、外商員服務規定に違反致し、誠に申し訳けありませんでした。今後は今回の過ちを深く反省し外商員服務規定を厳守致します」との趣旨の始末書を会社に提出した(申請人が始末書を提出したことは当事者間に争いがない。)。

しかるに申請人は、同年六月七日朝会社で所定の手続を済ませて会社を出ると、直ちに当日予定されていた店舗を訪問すべきであるのにこれを怠り、午前一〇時三〇分頃受持担当区域外の日暮里駅東口にある喫茶店「シャレード」に入り、同僚外商員である中田照三と午後零時三〇分頃まで互に仕事に対する不満その他の雑談に時を過し、その間勤務を放棄した(申請人が「シャレード」に入ったことは当事者間に争いがない)。

(3) 会社には、従来「外商員懸賞」という制度があり、これは毎年四月を第一ヶ月目として、その月の販売代金回収高を前年同期のそれと比較し、第二ヶ月目は、四月と五月の回収高の一ヶ月平均を前年同期のそれと比較し、第三ヶ月目以降もこれに準じ、その増加額の多寡によってその成績を競い、二年間続けて第一二ヶ月目(すなわち一年間を通じての月平均)に黒字を出した者には褒賞を与える制度であるが、これによると申請人は、昭和四〇年度(昭和四〇年四月ないし昭和四一年三月)第一二ヶ月目は、都内・大阪市内販売一課の外商員合計二一〇名中第一位で黒字を出したが、昭和四一年度の第一ヶ月目は二〇六名中の第一九九位第二ヶ月目は東京・京阪神販売一課の外商員合計二一〇名中の第二〇九位、第三ヶ月目は二一二名中の第二一一位、第四ヶ月目は二一六名中の第二一五位、第五ヶ月目は二一八名中の第二一五位、第六ヶ月目は二一八名中の第二一六位、第一〇ヶ月目は東京地区・京阪神地区外商員合計二七三名中の第二七二位、第一一ヶ月目は二七三名中の第二七一位、第一二ヶ月目は二七三名中の第二七一位であり、いずれも赤字であった。しかしながら、申請人は、昭和四一年一月に会社へ入り、同年二、三月頃から右成績評価の対象となった受持区域の担当者となったのであるが、その前任者である土屋克美及び新井進の成績が非常に良かったので前記昭和四〇年度第一二ヶ月目の申請人の成績はほとんど土屋らに負っているのであるが、その反面比較の対象となる前年度の代金回収高のほとんどすべてはこの土屋らの回収高を基準とすることになり、申請人が前年同期よりも回収高を増加させるためには、右土屋ら以上の成績をおさめなければならないこととなって申請人にとっては不利であるから、右順位がそのまま申請人の成績順位を示すものとはいえない。

ところが会社では、右外商員懸賞は、代金回収高だけで成績を評価するため、前任者が半年分も一年分も売込んでおれば、後任者はあまり売込まなくても集金でき、成績が上る者もできる可能性があること及び褒賞するのに最低二年もかかるのでその効果が減殺されてしまうことなどの反省が加えられ、昭和四二年四月からはこれを「加俸制度」に改め、四月から九月末までを上期とし、一〇月から翌年三月末までを下期とし、半年を単位として前記外商員懸賞におけると同様に前年同期と売上高を比較し、その増加額の多寡によって成績を競い、且つ、一期だけでも黒字の者に対して褒賞を与えることとした。しかし、この加俸制度は、売上高だけの比較で成績が決まるため、担当区域が変った場合に、前任者が無理な売り方をしていたときには、最初の二、三ヶ月ないし半年間は返品のあおりを受けて自己の責任によらないで成績が悪くなるということがあることは否定できない。逆に、加俸をとるために詐欺的な方法で一時的に売上を伸ばし、後になって多くの返品が出るという悪影響も現われたため、会社は、そのようなことがないように戒めると共に、最低五回は連続して加俸を取るように督励していた。

そこで申請人の成績をみるに、会社が右加俸制度を昭和四一年度下期にさかのぼって適用したところによれば、申請人は全国の外商員中第二四位(都内外商員中第二位)で、昭和四二年上期第一ヶ月目の成績はB組二六四名中の第一〇九位であり、いずれも黒字であった。申請人が当時所属していた後藤班(二三名)における申請人の成績を具体的にみると、右昭和四二年度上期第一ヶ月目は、右期間中の送品額から返品額を差引いたものは七三六、四〇三円(第一九位)で、返品率は三九・一パーセント(第二〇位)であり、前年同期の送品額から返品額を差引いたものはマイナス五〇九、一七二円(第二三位)で、返品率は一二二・八パーセント(第二三位)であったため、結局前年同期との比較では一、二四五、五七五円の黒字となって第三位となったものであり、その成績の内容は、売上絶対額においても、返品率においても決して芳しいものではない。

次に申請人の販売方法についてみるに、会社においてリポビタンDのストッカー特売をしたときには、リポビタンDには現金による歩戻しがついていたが、その歩戻し分を放棄してリポビタンDを五〇万円買った店に対しては、ストッカーを一台進呈するというものであったにも拘らず、申請人が得意先に対し、ただ単にリポビタンDを五〇万円買ってくれればストッカーを進呈すると言ってリポビタンDを販売してストッカーを与えたため、後になって歩戻しをもらえなかった得意先から会社に対して苦情を言って来たこと、その他申請人が景品がつかないのに景品がつくと言って販売したために、会社に苦情が持ち込まれたこともある。

(4) 昭和四二年六月初め頃部下の山口寿三外商員から申請人が六月一日に日暮里駅東口の喫茶店「シャレード」に勤務時間中に入ったことを聞いた後藤班長は小野都内販売部長に調査を要請し、小野部長からの依頼で人事部長が同部指導課員をして同月七日申請人を尾行調査させたところ前記シャレードの件が発覚したので、同月一〇日会社は申請人を懲戒解雇することに決し、同月一二日申請人の弁解を聞いたところ、喫茶店に入ったことは認めたが、そのことに対して十分反省せず、依頼退職の手続をするよう勧めてもこれに応じなかったので、会社は、同月一四日申請人に対して、外商員服務規則第四条第一、二、三号、従業員就業規則第五四条第一号、第五五条第三号、第五六条第四号、第一五号、労働協約第一七条第三、五号に該当することを理由に懲戒解雇する旨言渡した。ところが、申請人が、「相談する人がいるので一五日午前九時まで待ってほしい。」というので、申請人が依願退職することを期待して一日猶予したが、同人がその手続をしなかったので、翌一五日正式に申請人を懲戒解雇した。

なお会社は、同月一四日組合に対し申請人を懲戒解雇する旨通告した。

(5) 会社には次の諸規定が存在する。

労働協約

第一七条 会社は組合員が次の各号の一に該当すると認めるときは組合と協議の上これを解雇する。但し、第五号は組合に通告する。

三  作業能率が著しく劣っているとき。

五  懲戒解雇処分を受けたとき。

従業員就業規則

第五二条 懲戒は、けん責、減給、出勤停止及び懲戒解雇の四種とし、事情によりこれら処分を併せ行うことがある。

一  けん責は始末書をとり将来を戒める。

四  懲戒解雇は即刻解雇する。

第五四条 けん責の基準は次の通りとする。但しその情状の重い場合は減給に処する。

一  職務に怠慢を認めたとき。

第五五条 減給又は出勤停止の基準は次のとおりとする。但しその情状が特に重い場合は懲戒解雇に処する。

一  正当な事由なくしてしばしば所定の職場を離れたり勤務しなかったとき。

三  勤務に関する手続その他届出をいつわったとき。

第五六条 懲戒解雇の基準は次のとおりとする。

四  会社の規律を無視し、又は業務上の指示命令に従わず越権専断の行為をなして職場の秩序を著しくみだし又はみだそうとしたとき。

一五 しばしば懲戒を受けたにもかかわらず改しゅんの見込みがないとき。

第五七条 前三条の定めにかかわらず、特に情状酌量の余地があるか、又は改しゅんの情が明らかに認められる場合には、懲戒の処分を軽減し、或いは訓戒にとどめることがある。

外商員服務規則

第二七条 訪問に際しては左の各号を守らねばならない。

一  訪問は定められた訪問順序に従い正確に行なうこと。

二  止むを得ない理由のため訪問の順序を変更する時は、事前に出先から上長に報告し許可を得ること。

三  訪問及び辞去の時間を訪問票に記入した後、取引店に確認の印を押して貰うこと。

2 右認定事実に基いて考えるに、申請人が度重なる上司の注意にも拘らずルート違反の行為を重ねたこと(二、(一)、1、(1))がルート・セールス制度を定める外商員服務規定第二七条第一、二号に違反し、且つ、上司の業務上の指示命令に違反することは明らかであり、従業員就業規則第五六条第四号「業務上の指示命令に従わず越権専断の行為をなして職場の秩序を著しくみだしたとき」に当り、懲戒解雇基準に該当する。申請人が勤務時間中に喫茶店に入った行為(二、(一)、1、(2))は、休憩時間中に入ったのであれば当然許されるし、休憩時間外であっても、一日中外を歩きまわる仕事の性質上、極めて短時間休息のために入るような場合であれば、あるいは許されるかもしれないが、本件において申請人の責任が問われているのは、右のような場合についてではなく、得意先の訪問を開始する以前における勤務放棄なのであるから、これをもって右の場合と同断に論ずることはできず、これを正当化することはできないから、同規則第五五条第一号「正当な事由なくしてしばしば所定の職場を離れたり勤務しなかったとき」に該当することは明らかである。そして、ニューブリッヂの件について始末書を徴されてけん責された(同規則第五四条第一号、第五二条第一号参照)にも拘らず、再びシャレードの件を起したことは、懲戒処分をうけたことは一回であるから同規則第五六条第一五号「しばしば懲戒を受けたにもかかわらず改しゅんの見込みがないとき、」に該当するものとまでは言えないが、右第五五条第一号違反としての同条但書の情状が特に重い場合として懲戒解雇基準に該当するものである。

次に、申請人の販売営業成績(二、(一)、1、(3))の点についてみるに、前述のように、外商員懸賞に表われた成績がそのまま申請人の成績であるということはできないが、販売代金回収高を基準とする外商員懸賞の昭和四一年度の成績が極めて悪いにも拘らず、売上高を基準として同年度下期を評価しなおした加俸制度における成績が極めて良いこと、申請人は売上を伸ばすために景品がつかないのにつくと言ったりして不当な方法で売り込みをしたことがあること、昭和四二年度上期第一ヶ月目の成績は、前述したような意味における前任者の影響がすでに消滅していると思われるのに、返品率が高く、売上額が少いこと、及びそれにも拘らず、前年同期との比較ではかなり良い成績となることなどの事情から判断すると、加俸制度における申請人の成績は非常に良好ではあるけれども、売上高、代金回収率、返品率等を総合して外商員としての成績を判断した場合には、申請人の成績はむしろ悪い方に属するのではないかと考えられるが、右認定の事実だけでは、これ以上の具体的な成績評価は困難であり、他に特段の事情も認められない本件では、右申請人の成績をもって、労働協約第一七条第三号「作業能率が著しく劣っているとき」に該当するものということはできない。

以上により申請人のルート・セールス違反及び勤務時間中に喫茶店に入った非行が従業員就業規則に定める懲戒解雇事由に該当することは明らかであるが、同規則第五七条は、特に情状酌量の余地があるか又は改しゅんの情が明らかに認められる場合には懲戒処分を軽減できる旨を定めているのであるから、懲戒解雇事由がある場合においても、情状及び改しゅんの情をも考量のうえ、懲戒解雇以外の処分が相当であるにも拘らず、敢えて懲戒解雇処分に付したような場合には解雇権の濫用として、当該解雇は無効になるものと解すべきであるから、この点について考えるに、前記のとおり(二、(一)、1、(1))会社においては販売方法として独特のルート・セールス制を採用しており、外商員に対してこれを遵守するように厳重に注意すると共に、得意先に対しても何曜日に訪問するかを事前に連絡しているのである。そうすると、外商員としては定められた日に得意先を必ず訪問することを以て最低限度の義務としているものと考えられるから、ルート・セールス違反は前記規則第五六条第四号違反行為としては情状の重いものといわなければならない。

申請人は、「申請人らは、会社から売上を伸ばすように督励されているので、雑貨店などのように片手間に薬を販売している店は敬遠し、売上のよい正規の薬局などに多く足を向けがちになるのであって、単にルート票に従わなかったということのみをとらえて懲戒解雇理由とすることはできない。」旨主張するが、前認定の会社の雑貨店等に対する販売方針からすれば、申請人の右主張の理由がないことは明らかである。そして申請人は、上司たる後藤班長からしばしばルート違反をしないように注意されていながら一向にこれを改めようとしなかったのであるから、ルート・セースル違反についての改しゅんの情の酌むべきものはない。また勤務時間中にしばしば喫茶店に入って長時間にわたり勤務を怠り始末書を徴されてけん責されたにも拘らず、これまた一向に改めようとしなかったのであるから、右非行の点においても情状重く、改しゅんの情も認めることはできない。そうすると、会社がこのような従業員を企業から排除しようとするのは外商員の職場秩序の維持並びに企業の防衛上当然であってこれをもって過重な処分ということはできないから、結局、本件解雇には正当な理由が存在するものというべく、申請人の解雇権濫用の主張は採用することはできない。

(二)、不当労働行為の成否

次に、申請人の不当労働行為の主張について判断する。

1、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる疎明はない。

申請人は、もと同和火災海上保険株式会社東京支店に勤務しており、同社の労働組合に加入し、その青年婦人部の情宣部長及び財政部長を二年間つとめたことがあるが、会社に入社してからは組合に加入し、単なる組合員であり、本社支部組合役員の氏名、事務所の所在も明確には知っていないほどであったが、組合の活動が低調であり、会社に協調ないし追従する傾向があると思っていたので、昭和四二年五月一九日夜会社内で開催され、申請人にとっては初めての本社支部組合総会の直前、かねて喫茶店「シャレード」等で話し合ったことのある外商員吉垣内良光と労働条件の悪いこと等について話し合い、組合は、労働者の要望に副って会社に労働条件改善の要求をなすべきであるのに、労働者の利益、要望を無視している態度を執っていることを批判し互に意見が一致し、右総会に両名で出席して、この点について発言することを約束し、右総会において、執行部提出の大会議案書の問題点を問い質したり、日頃の意見を開陳したりした。すなわち、組合の同年春の賃上要求は一率四、二〇〇円プラスアルファであったが、右支部総会において支部長が、右組合の賃上要求について、平均給与の一三・一パーセントで妥結した旨を報告したので、申請人は、①右妥結内容は、賃金額でいうといくらの昇給になるのか。平均給与というものは組合員には明らかでない。②五月に入ってから始めて、一週間位で妥結してしまうのは不十分である。もっと早くから要求のまとめや交渉に入るべきだ。③支部は組合員の意見を本部に伝えているというがどうなのか。出席している本部書記長から報告してほしい。④組合支部予算のほとんどが運動部、文化部に支出されているようだ。そういう費用などもっと会社に出させるのが当り前ではないか。というような発言をした。

ところで、申請人は、昭和四二年六月一五日柳沢人事部長から懲戒解雇を言渡されてから、本社支部組合事務所を訪れ、右解雇の不当を訴えた。本社支部組合執行委員会は、右懲戒解雇を苦情処理事件として取上げ、会社側(総務部長小俣行夫、人事部長柳沢崇明ら)と本社支部段階の労使会議(昭和四二年六月二三日、同月二七日)を開き、会社に対し懲戒解雇の撤回を要求して真摯な努力を行なったが、妥結に至らなかったので、これを本部組合段階に上げ、本部組合執行委員会は、右懲戒解雇事件について本部苦情処理委員会を開いた上会社と団体交渉(昭和四二年六月三〇日、同年七月六日)を行なったが、会社からの説明資料、申請人からの事情調査、外商員からの事情聴取の結果は、申請人に有利な事情を得られなかったことと、会社との団交中申請人が組合との約束に反して本件仮処分の申請を行なったこと等のため、組合としては、団交を打切り、その旨を申請人に通知した。申請人は、右通知後である昭和四二年七月一〇日以降昭和四五年二月二三日に至るまで個人名義(一部守る会名義)で一七一種類に昇るビラ(甲第七号証の一ないし一七一)を主として個人で作成して、会社の従業員に配付したが、その内容は、申請人の懲戒解雇の不当を訴えるもの、組合の性格を非難するもの、会社の内情に亘るもの、労働条件の改善ないし組合運動の指導を志向するもの、本件仮処分事件の経過報告その他であって、こうした分野における申請人の解雇後の活動は極めて活溌である。

会社は、申請人に対して解雇以前に組合活動のことについてとやかく言ったことはないが、本件解雇の一ヶ月位後に申請人のもとの勤務先である同和火災海上株式会社に従業員を派遣して申請人の組合活動歴等を調査したことがある。

なお、前掲疎甲第七号証の八五、八八、八九には、組合の代議員の選出において、とりわけ外商部門において課長の推薦によって選出される実情にあり、組合機関は労資協調路線をとり、会社に追従して、組合員の利益を考えず、非自主的である等の記載があり、甲第七号証のその余の各証中にも組合が宛も御用組合であるかの如き記載が散見し≪証拠省略≫中右各記載に符合するものがあるけれどもいずれも前記認定に照らし措信しない。

2、右事実について考えるに、申請人の支部総会における発言は、おそらく会社から歓迎されなかったであろうと推測される。しかしながら会社が同和火災海上株式会社へ調査に行ったのは申請人の解雇後のことであり、本件解雇前には申請人の同社における組合活動は会社には知られていなかったものと考えられること、申請人は右発言のほかは会社においてとりたてていうほど目立った活動はしておらず、組合事務所の場所や組合役員の氏名さえも知らないような状態であったこと、前記のとおり会社の主張する事由は懲戒解雇理由として十分なものであり、「ニューブリッヂ」及び「シャレード」の件が会社に発覚するに至ったのも、申請人が主張するように、会社が申請人を組合活動家であるとしてマークし、尾行していた結果判明したものではなく、勤務時間中に喫茶店に入っているとの情報に基いて尾行した結果判明したことであり、会社の目の届かない所で仕事をする外商員を監督するためには、右のような方法によることもやむを得ないと考えられることなどから判断すれば、会社は、申請人の組合活動を嫌悪するが故に本件解雇をなしたものではないと認められるので、申請人の不当労働行為の主張は採用できない。

三、結論

以上のとおり申請人の主張する解雇の無効原因はいずれもその理由がなく、本件解雇は有効であるから、本件解雇が無効であることを前提とする申請人の本件申請は、結局その理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西山要 裁判官 吉永順作 裁判官瀬戸正義は転補のため署名押印をすることができない。裁判長裁判官 西山要)

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